帝王学をも超える教え
日蓮上人の言う 立正安国論の精神とは
帝王学なんかで国を治めるなという事です。
(帝王学ってのも そりゃ~それで立派で 当時にしてみりゃ~ 画期的で凄い教えなんですけどね)
統治者側が政権を維持し 安泰になったとて 実質、国のオーナーである「民」を
大切にしないと 天も運も味方せんぞ!と言いたかったのであります。
だから帝王学が足元にも及ばない 仏教(法華経)を用いろと言う訴えなのであります。
日蓮聖人って 現代で言えば 歴史家でもあったのですな。
隣国の事を よ~く知っていたのであります。
当時の世界は 今で言うたら 印度と中国っすから
西洋との関りはまだ少なかった時代。
何度でも出てくる 殷の紂王の話・・・
忠臣や親の言う事さえも聴かず 意見を言う奴ぁ~ぶっ殺し
史上最悪の暴君となり さっさと滅びちまうのでありますが
「酒池肉林」の発祥ですよ・・・てめえの妃を喜ばせる為にやったらしいっすが
今で言うたら 民の物を取り上げ 快楽を妃に与える・・・
妃ってのは現代で言うと いつまでも蜜月の利権団体のような物なのかも知れませんね
それ程 民を蔑ろにしたわけっす。んなもん 賢王ならずとも 愚王でも
一時ぁ~やっていけますがな。
この帝王学「貞観政要」ってえのは これらの過ちを教訓に 唐の李世民っていう帝が
己を律する為に あえて 自分を家臣たちに批判させて
国を長く保つっちゅう事をやってのけた 支配者側の「教書」ってわけなのですな。
一番の肝は「諫言」を聞き入れる事の大切さ・・・・
よく言うじゃないっすか 「忠言耳に逆らう」って あれですよ
これを 民衆が疫病や飢饉で餓死していた
当時の日本の最高執権 北条時頼に聞く耳を持たせ「法華経」を
勧めるために問答形式を用い 命がけで説いたのであります。
それが「立正安国論」!
ワシャ~カルト団体に言いたい!日蓮聖人は
権力争いに時を費やし 権力に取り入って「口八丁手八丁」 旨くやれとは 一言も言うとりません
それじゃ~帝王学さえも超えらんぢゃ~ないか!(おっと 独り言が混じってしまいましたが)
国は大勢の民のもの・・・「争って 争って やっとの事 帝の地位を得たとて
国を治めて征く」というのは 又、別の話だと言うとるのでありますな
いや 別にね 御経をムジュムジュ唱えろと言っているのではありません。
法華経の中身を知って 全てを尊んで 政治に活かせと 言っているのであります。
そうすりゃ 貧困や戦争は当然無くなるだろうし 皆が嬉々として
働き 実り豊かな作物に溢れ 弱き者を見たら 皆で支え合い
一人一人が無くては成らぬ存在になる・・・無駄な人なんて
誰一人居らんと 叫んでいるのであります。
権力で民を脅す連中が 政治やると これとは真逆な事が起こり
一部の人間だけが良い思いをして 奪い合いが起こり 良くなるどころか
財政も度ケチ三吉になり 格差が生じ 殆どが 貧しくなり
最終的に 国が滅ぶと言うているのであります。
興味深い事に 自然さえ 味方しないよという事なのでありますな・・・
これを 単なる理想だと 思われるかも知れませぬが
皆が 立ち上がれば 可能な事なのではなかろうかと・・・・
何処迄も民衆想いの正しい政治家を選ぶ事だと思っています。
オカシナ連中が 日蓮上人の訴えを 歪曲してしまったから
不可能になりつつありますが 僕ぁ~まだまだ 可能性は残されておるのでは
なかろうかと・・・
思い付き さっと 書き上げたので 稚拙な文かも知れませんが・・・
鎌倉時代・・・やっぱり 自然災害は今と変わらず逢ったのであります
現代の土木技術で 何とか ある程度は防げそうですが
為政者達が 腐敗して 民の事を考えんようになると 悪い事だらけなので
あります。
考えてみりゃ わかりますが 自然災害ってのは
ワザと狙ったように 思想があやふやで脆弱な首相の任期時が多いです。
天の怒りは極まっておるのかも知れません。
余りにも きな臭いので 陰謀論が囁かれるかも知れませんが
それも あるかも・・・真実は判りませんが
それも 立正安国論に出てくる 民を蔑ろにすっと
「他国侵逼難(他国が攻めて来る)」って事で妙に合ってる。
嗚呼 いずれにせよ 民が生き返る政治を行ってほしいっす。